皆さんは万葉集研究家の中西進さんをご存知でしょうか?

中西進さんは文学者として活動。日本文学の研究に従事し、その功績が認められて今までに数々の賞が中西進さんに授与されました。

特に万葉集の研究において中西進さんは第一人者と目されており、書籍「日本人の忘れもの」「中西進の万葉みらい塾」などの本の出版や講演会も多数行われています。

そして中西進さんは新元号「令和」の考案者ではないかと話題になった人物です。

情熱大陸でも取り上げられ、今後ますます注目を浴びるであろう中西進さん。

そんな中西進さんの経歴や年収がいったいどんなものなのか、気になるところです。

そこで今回は「【情熱大陸】中西進(令和考案者)の現在までの経歴(プロフィール)から年収までまとめ」と題して中西進さんの経歴から年収までまとめてみました!
 

 
 



 

中西進って誰?wiki風プロフィール(経歴)紹介

 

 
中西進さんの経歴を簡単に紹介します。
 

本名、読み方:中西 進(なかにし すすむ)
出身地:東京都
生年月日、年齢:1929年8月21日、90歳 (2019年9月現在) 

 

助手助手

講演を一度拝聴しましたがとても当時80代後半とは思えないほどお元気でした。

管理人管理人

やはり好きなことをやってるから毎日楽しくて仕方がないのでしょう。

 

中西進の現在までの学歴

 

 
中西進さんは東京都立武蔵中学校を卒業した後、広島大学附属高等学校に入学しました。
 

広島大学附属中学校・高等学校
広島大学附属中学校・高等学校
 
なぜ東京の高校に進学せず、広島県の高校に入学したかについては調べてみましたがはっきりとしたことはわかりませんでした。ひょっとしたら家庭の事情もあったのかもしれません。

高校を卒業した中西進さんは東京大学文学部に合格しています。

やはりとても頭の良い青年だったようですね!すでにこの頃から日本文学の魅力に取りつかれていたようです。

在学中には当時万葉集などの日本文学において第一人者と言われていた久松潜一さんに師事。多くのことを学ばれました。
 

久松 潜一
久松 潜一
 
中西進さんの万葉集に対する情熱はこの久松潜一さんが非常に大きいと言われています。

さらに東京大学大学院時代にはやはり万葉集の研究において評価の高かった高木市之助さんにも師事。さらに見聞を深めていきました。

中西進さんが東京大学に進学して、久松潜一さんと木市之助さんに出会ったのは運命と言えるのではないでしょうか?

私はついそんなことを思ってしまいました。ひょっとしたら最初からお二人に学ぶことが目的で東京大学に進学したのかもしれませんが(笑)。
 


 

中西進の現在までの経歴

 

 
中西進さんは東京大学大学院を卒業後、東京学芸大学付属高校の教師として指導を行いました。
 

東京学芸大学付属高校
東京学芸大学付属高校
 
その後は大学の講師に就任。数多くの大学講師を歴任しています。

以下に経歴を列挙いたします。
 

東京学芸大学附属高校教諭
成城大学教授
プリンストン大学客員教授
筑波大学教授

1988年国際日本文化研究センター教授、トロント大学客員教授
1995年帝塚山学院大学教授、同国際理解研究所所長、姫路文学館館長
1997年大阪女子大学学長
2001年帝塚山学院理事長・学院長
2001年奈良県立万葉文化館館長。
2004年京都市立芸術大学学長。

1993年から1999年まで日本比較文学会会長。歌壇賞選考委員、日本ペンクラブ副会長も務める。
1994年歌会始召人。
1997年全国大学国語国文学会会長(当初「代表理事」、組織改編後「会長」)。
2011年池坊短期大学学長。
2012年7月6日開館高志の国文学館初代館長に就任。

世界の宗教的和解を目指すインドの仏教高等研究センター「ナーランダ大学」の復興・創設の賢人会議・理事会メンバー。

 
実に素晴らしい学歴ですね!

プリンストン大学やトロント大学の名前があることに驚いた方もいるかも知れません。

実はこの2つの大学は日本文学の研究についてとても積極的。

そんな事情もあって、中西進さんが講師として要請があったようです。

アメリカでも日本文学に対する興味は年々高まっており、今後も日本の国文学者が講師として招かれるケースは増えていくと思われます。

ちょっとジャンルは違いますが学生の中には書道マンガ「とめはねっ!」を読んで興味を持った方もいらっしゃるそうですよ!
 

 
話が脱線してしまいましたが、上記のような精力的な活動に加えて、個人的にも万葉集の魅力を伝える活動の真っ最中。

「万葉みらい塾」という会を定期的に開催し、小中学生に万葉集の面白さ・素晴らしさを教えてくださっています。
 

万葉みらい塾
万葉みらい塾
 


 

中西進の現在までの実績(受賞歴)がすごい!

 

 
国文学者として多くの功績を残されている中西進さん。

その功績は国を始めとして様々な団体に評価され、今までにたくさんの賞を受賞されました。

以下に受賞歴を列挙いたします。
 

  • 1964年:第15回読売文学賞(『万葉集の比較文学的研究』)
  • 1970年:日本学士院賞(『万葉史の研究』)
  • 1990年:第3回和辻哲郎文化賞(『万葉と海彼』)
  • 1997年:24回大佛次郎賞(『源氏物語と白楽天』)
  • 2002年:京都新聞文化賞
  • 2004年:奈良テレビ放送文化賞
  • 2004年:文化功労者
  • 2005年:瑞宝重光章受章
  • 2010年:「万葉みらい塾」で菊池寛賞受賞
  • 2013年:文化勲章

 
この受賞歴からも中西進さんの今までの功績の大きさがわかりますね!

特に2013年に受賞した文化勲章は文化人が受賞できる勲章としてはもっとも価値の高いもの。
 

文化勲章
文化勲章
 
日本という国で中西進さんがそれだけたくさん文化の発展に貢献したという証でもあります。本当に素晴らしいですね!
 
文化勲章親授式
文化勲章親授式
 
安倍総理大臣と一緒に写真を取る中西進さん(2013年)。右端には高倉健さんの姿も。
 

なぜ中西進が令和考案者と言われているのか?その理由は?

 

 
代々考案者は明かされないことが通例となっていた元号。

なぜ今回、令和考案者が中西進さんであることが確実と言われているのでしょうか?

(中西進さん本人は名言を避けていらっしゃいます)
 

 
理由は単純です。
 

  • 政府が新元号「令和」の典拠が日本最古の歌集「万葉集」であることを発表
  • 万葉集研究の第一人者と言えば中西進さん
  • 令和考案者は中西進さんに間違いない!

 
まとめるとこのようになります。

たしかにそう言われてみれば中西進さんしかいないなという感じになりますね(笑)。

ただ、あくまでも菅官房長官は令和考案者の公表については行わない旨を宣言しています。

中西進さんご本人も明言を避けていらっしゃる現在、この問題が解決することは今後もなさそうです。

しかしながら、多くの日本人が新元号を概ね快く受け入れている現状を見るとそれほど気にする必要はないのではないかと個人的には感じています。

素晴らしい年号を考案していただいた(と思われる)中西進さんには感謝しかありませんね!
 

 


 

中西進の年収はいくら?

さて、今も日本全国を飛び回る多忙な日々を送っている中西進さん。一体、年収の額はどのくらいなのでしょうか?

残念ながら中西進さんの年収を特定することはできませんでした。

というのも、年に何回もの講演を行い、文学館の館長もつとめている中西進さんの収入を割り出すことが困難だったからです。

しかしながら、中西進さんご本人としては、好きなことに全力で取り組んでいるのですから講演会のギャラだったり、館長の給料などは問題ではないのではないでしょうか?

中西進さんのように本当に自分が好きなことで身を立てていらっしゃる方を見ると羨ましく感じますね!
 


 

まとめ

「【情熱大陸】中西進(令和考案者)の現在までの経歴(プロフィール)から年収までまとめ」について見てまいりましたがいかがでしたでしょうか?

まだまだこれからも日本文化の研究のために心血を注がれる中西進さん。

今後も素晴らしい活躍を期待したいと思います!
 


 
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